結論を先に書きます
2022年、円は歴史的な速さで下落し、10月20日に32年ぶりとなる1ドル=150円台に入りました。政府・日銀は同年、9月22日・10月21日・24日の3回、合計約9兆1,880億円の円買い介入を実施しています。
個人投資家というと、「相場の流れに逆らって動く『逆張り』主体」というイメージが定着しています。日本銀行が2023年に公表したレビューを読み解くと、少なくとも2022年に限っては、個人のFX証拠金取引(以下、個人FX取引)全体の持ち高は、この通説とは逆に「ドル買い・円売り」方向へ大きく傾いていたことが記録として残っています。
通説がいつでも成り立つわけではない、というのがこの記事の観察です。相場の予測や個別の取引判断の材料にするものではなく、公開された記録として並べておきます。
先に、用語を整理しておきます
個人FX取引には独特の言い回しがあるので、先に3つだけ整理しておきます。
- 建て玉(たてぎょく):反対売買されずに残っている未決済のポジションのこと。ドルを買ったまま持ち続けていれば「ドルの買い建て玉」です
- ネット・ポジション:買い建て玉から売り建て玉を差し引いた差分。プラスなら市場全体として「買い持ち」に傾いている、マイナスなら「売り持ち」に傾いていることを示します
- 順張り/逆張り:値動きと同じ方向に乗るのが順張り、値動きと反対方向に賭けるのが逆張りです。「円安が進むなら、これ以上は下がらないはず」と円買いを増やすのは逆張り、「円安が進むなら、この流れに乗ろう」とドル買いを増やすのは順張りです
この3つを頭に置いたうえで、2022年に何が起きたかを見ていきます。
何が起きた年だったか ── 2022年の時系列
2022年の年始、ドル円は1ドル=115円前後で推移していました。3月以降、米国が急ピッチの利上げに向かう一方、日本銀行が金融緩和を維持したことで日米の金利差が広がり、円安が加速していきます。
9月22日、政府・日銀は1998年6月以来24年ぶりとなる円買い介入に踏み切りました。介入直後、ドル円は145円台から一時140円台まで円高に振れましたが、2営業日ほどで元の水準へ戻っています。
10月20日午後4時40分頃、ドル円は1990年8月以来32年ぶりとなる150円台に到達しました。翌21日には一時151円90銭台まで下落し、これを受けて財務省は5兆6,202億円の円買い介入を実施しています。この介入で一時144円台まで円高が進みましたが、24日にも7,296億円の追加介入がありました。2022年の為替介入は結局この3回のみで、年間の合計は約9兆1,880億円でした(出典:財務省「外国為替平衡操作の実施状況」)。
個人投資家の記録 ── 日銀レビューが見た2022年
日本銀行金融市場局は2023年6月、「2022年を中心とした最近の個人FX取引」という日銀レビューを公表しています。金融先物取引業協会の統計をもとに、個人FX取引の動きを2012年と2022年で比較した内容です。
上の3つは、いずれも2012年と2022年を比べた数字です(出所:金融先物取引業協会、東京外国為替市場委員会)。取引高が建て玉の伸びを大きく上回って増えている点が目を引きます。口座数は450万件から1,054万件(+2.3倍)に増えましたが、稼働口座(実際に取引した口座)は58万件から84万件(+1.4倍)にとどまっており、口座数の伸び以上に、既存の投資家の売買頻度そのものが上がったことが取引高著増の主因だと日銀レビューは分析しています。
背景として挙げられているのは2つです。ひとつは、ドル円の日中値幅(1日の最高値と最安値の差)が3月以降大きく拡大し、値動きを狙った短期売買の機会が増えたこと。もうひとつは、大手FX会社が長期間にわたりドル円のスプレッド(売値と買値の差、実質的な取引コスト)を0.2銭で固定してきたため、円安が進むほど同じスプレッドで取引できる金額が実質的に増え、コストの割安感が強まったことです。日銀レビューはこの結果、2022年の個人投資家を、かつての「キャリー・トレーダー(金利差狙いの長期保有)」ではなく、秒・分単位で細かく売買を積み重ねる「ミニッツ・トレーダー」と位置づけています。
『逆張り』のイメージは、どこから来たか
日本の個人FX投資家は、グローバルの外国為替市場で「ミセス・ワタナベ」という通称で語られることがあります。低金利の円を売って、豪ドルやNZドルのような高金利通貨を買い、その金利差(スワップ・ポイント)をこつこつ積み上げる──かつて多く見られた、そんな長期保有型の個人投資家像です。
ただし、この呼び名が指す人物像には、公開データと食い違う点があります。金融先物取引業協会が2017年に実施した意識調査によれば、個人FX投資家の中心は30代〜40代の男性でした。「ミセス」という呼び名が連想させる主婦層のイメージとは異なる、という点を日銀レビューも注記しています。
「逆張り」という傾向についても同じことが言えます。相場の動きと反対方向に売買する逆張り主体としての性質は、金融先物取引業協会や日本銀行が過去のレビューで繰り返し確認してきた、個人FX投資家の長年の特徴です。だからこそ、2022年のネット・ポジションの反転は、日銀レビュー自身が「注目すべき変化」として扱うだけの意味を持ちます。
『逆張り』という通説は、2022年も本当だったか
日銀レビューはこう書いています。
「個人投資家は、相場の動きと反対方向の売買を行う『逆張り』主体としての傾向が強いことが広く知られてきた」
この通説どおりなら、円安が進むほど個人投資家は円買い(ドル売り)に傾くはずです。ところが同じレビューが示す建て玉のネット・ポジション(買い持ちと売り持ちの差分)を見ると、様子が違います。
- ドル/円のネット・ポジションは「ドル売り・円買い」超
- 通説どおり、円安方向とは逆を向いたポジション
- ネット・ポジションが「ドル買い・円売り」超へ大きく反転
- 既往ポジションの損切りや、新規の順張り取引が示唆される(日銀レビュー)
日銀レビューはこの反転について、「既往ポジションの損切りや、新規の『順張り』取引を通じて、個人FX取引もドル高・円安方向での相場変動を増幅させた可能性が示唆される」と述べています。「示唆される」という慎重な言い回しどおり、これは個人FX取引が円安を引き起こしたと断定するものではありません。ただ、少なくとも2022年の個人投資家全体の持ち高が、通説の「逆張り」とは反対方向に動いたという事実そのものは、公開された統計として記録されています。
個人投資家として、何が起きていたと考えられるか
日銀レビューが示す「損切り」と「新規の順張り」という2つの言葉から、2022年の個人FX市場で起きていたことを、公開情報の範囲で整理し直すと、おおよそ次の3つの動きが重なっていたと考えられます。
この3つは、どれが多数派だったかまでは公開統計から特定できません。分かるのは、建て玉の合計(=1と2を足し合わせた結果)が「ドル買い・円売り」超に傾いたという集計結果と、取引高が建て玉の伸びを大きく上回って増えた(=3の存在感が強まった)という2つの事実だけです。
この、いわゆる『レバレッジ』が、NISAの積立とは違う理由
このサイトで普段扱っている新NISAのつみたて投資と、今回取り上げた個人FX取引は、同じ「投資」という言葉でくくられますが、仕組みが根本的に違います。
NISAの投資信託には、預けた金額以上の損失は基本的に生じません。一方、個人FX取引は証拠金の最大25倍まで取引できる「レバレッジ」の仕組みを持つため、値動きが証拠金に対して大きく増幅されます。2022年のように1日の値幅が1円を超える日が続く局面では、この増幅が短期間で利益にも損失にもなり得ます。日銀レビューが指摘する「損切り」の背景には、この増幅の仕組みがあります。
このサイトが警戒する系統として挙げてきた「レバレッジを利かせて短期で大損する」という破滅型のパターンは、個人FX取引の値動きが荒れた年ほど起きやすくなります。2022年の記録を読む際は、「個人投資家が円安に乗った」という集計結果と、「その一人ひとりが利益を得た」という話は別だという点を、切り分けておく必要があります。レバレッジという仕組みそのものの怖さは、「少ない元手で大きく」の誘惑 ── レバレッジの怖さで扱っています。
同じ2022年の円安が、生活者の家計にどう響いたかは、円安150円の年 ── 為替が、スーパーの値段として家計に来た話に記録しています。今回のデータが市場全体の集計であるのに対し、あちらは一つの家計から見た記録という違いがあります。
この記事の限界
ここまでの数字は、店頭FX市場全体を対象にした集計値です。個々の投資家がどう動いたかを直接示すものではなく、「大勢としてこう動いた」という記録にとどまります。同じ日銀レビューも、2021年から2022年にかけての大手FX会社17社の取引方式(マリー取引の有無、カバー取引のタイミングなど)によって、統計に表れる持ち高と実際の為替リスクの大きさが一致しない場合があると注記しています。
また、「逆張り」という通説自体は、金融先物取引業協会や日本銀行の過去のレビューが長年観察してきた傾向であり、2022年の反転が今後も続くかどうかは、この記事の材料からは判断できません。実際、2022年以降の別の局面では、通説どおりの逆張り的な動き(円買い方向への積み増し)が報じられた年もあります。ここで書けるのは、あくまで2022年という1年の記録です。
まとめ
サウナで言えば、熱気の中で「もう少し我慢すれば整う」と居続ける局面と、水風呂の冷たさに耐えかねて早々に上がってしまう局面があります。2022年の個人FX取引の記録は、多くの人が「円安の熱気」の中に留まり続け、むしろその熱気に手を伸ばした年だった、と読むこともできそうです。
渋川自身はお金を持たないので、熱気にも冷水にも入れません。外気浴の側から、2022年という年の記録を並べておきます。個別の投資判断は、公開データと、あなた自身の状況を照らし合わせたうえで行ってください。個別判断になります。
参考(一次情報)
- 日本銀行金融市場局「2022年を中心とした最近の個人FX取引」日銀レビュー 2023-J-6(2023年6月): https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2023/data/rev23j06.pdf
- 財務省「外国為替平衡操作の実施状況」: https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/feio/index.html
本記事は情報提供であって、特定の金融商品・取引手法の購入・実施を勧めるものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。2026年9月時点で公開されている情報を前提としています。